シマシマな日々

大変なこと、落ち込むこと、ちょっと悲しいこと…色々あるけど笑顔でいきたいね!

ホームビデオが映し出すもの

娘が幼いころ、ホームビデオが子育て世代を席巻していた。

携帯はまだピッチやガラケーの時代で可愛い子どもの映像を残すにはホームビデオが必須アイテム。昔の8ミリビデオが進化した感じで女性でも子どもでも気軽に使える機種が各メーカーから発売されていた。

家でも幼稚園でも公園でも旅先でも、お父さんたちはいそいそとビデオを回す。

我が家もモレなくその流行りに乗っていた。手のひらに収まるほどの小さなビデオテープが約60分の映像を記録していく。そんな小さなテープが100本以上、我が家にもある。

 

時代は流れスマートフォンの登場によりすっかりすたれたホームビデオ。とうとう発売中止になり手持ちの機械がこわれてしまえば60分×100本超の映像は永久に葬り去られることになる。

そんな悲しい事実はとても受け入れがたい。何としても避けたいと、娘の結婚を機にビデオ映像を整理することにした。

一本一本、丁寧に再生しては確認、ナンバリングして内容がわかるようにしていく。

再生して確認、再生して確認・・・これは本当にステキな作業だ。初めて私のものとに来てくれた可愛い娘。その笑顔が愛しくて尊くて「宝物」などという簡単な言葉では決して語りつくせない。

この小さくも素晴らしい存在の母になったことで自らを全肯定できる。大切な命を育てていると誇りに満ちあふれる。

当時はそんな意識は全くなく、ただただ必死の毎日だったけれど。

今になって、あどけなく笑い たどたどしく一生懸命しゃべる娘の映像をみれば、確かにそんな母親特有のおごりがあったと気づかされる。

娘よ。
ごめんね

娘よ。
ありがとう

何だか涙がとまらないよ…。

男子厨房に入る

今日のメニュー

・大根ときのこの味噌汁
・モロヘイヤと切り干し大根の白和え
・タンドリーポークをキャベツの千切りと
・ナスのフライ

週末の夕飯である。私たち夫婦と同居する主人の両親、4人で食卓を囲む。娘たちはそれぞれ自立してしまったので特に目新しい会話もなくテレビを見ながらの食事。味と栄養バランスにはある程度気を配って作っている。

いつのころからか週末の夕餉の支度には夫と2人で台所に立つのが習慣になった。上のメニューなら味噌汁と和え物は私が担当。肉を焼いたり野菜を揚げたりするのは夫の仕事である。私たちが仕事で忙しい平日の夕飯はもっぱら89歳のおじいちゃんが作る。カレーや煮物といったオーソドックスなメニューからピザやフォカッチャまで。朝ごはんに、とスコーンを焼いてくれることすらある。 そう、「男子厨房に入る」それが我が家なのである。

手先が器用で理科の実験と物づくりが好き。食べ物にはさほど興味がないが刃物が大好きでデート中でも刃物店があれば必ず寄って包丁など眺めて過ごす。結婚前の夫である。なんというポテンシャル!「これは料理に向いているに違いない」と思っていた。料理嫌いな母親に育てられたお蔭で「おふくろの味」など無いことも気に入った。私流の食や料理との付き合い方に習ってもらえると思ったからだ。結婚して初めてのクリスマスと誕生日にはそれぞれ出刃包丁と刺身包丁をプレゼントした。夫にとっても私にとっても素晴らしいプレゼントだったと思う。今でも大切に使っているその包丁たちは夫が釣ってきたアジやサバを手早く捌いたり素人とは思えない刺し盛を作ったりするのに大変重宝している。

結婚を意識するようになり始めて夫の家に遊びに行ったとき、父親(今は義理の父)は洗濯物を取り込んでいた。「決めた!この家と結婚だ!!」直感的に思ったその場面は今も忘れない。私の実家では、友人が遊びに来ると父は床の間の前に陣取り「まぁ、ゆっくりしていきなさい」「お母さん、何か美味しいものだして」みたいな感じだった。そんな私にとって洗濯物を取り込む父親の姿は衝撃的であり「一生、自分で仕事をして生きていきたい。家庭をもっても大丈夫だろうか」と思い悩む30歳すぎの女性にとって素晴らしい光景でもあった。

結婚30年を迎えた今も厨房に入る夫と義父に何かと支えられる日々。
これを読んでくださっている方の結婚の決めては何だろう?すでに結婚した方も、これから!という方も、何が決め手か教えていただきたい。ただ私にとっては「男子厨房に入る」が超を三回くらいつけてのおすすめなのだ。妻を助けよう、なんて思っていない。自分がやりたいことをやる。場所が台所なだけ。厨房に入り、時には厨房を独占する。そんな男たちとの生活はとっても平和なのだ。

 

Z世代と昭和歌謡

今年23になる娘。いわゆるZ世代である。

一緒に暮らしてるわけじゃないけど彼女の携帯のプレイリストから尾崎紀世彦さんの「また会う日まで」が聞こえてきたときは心底ビックリした。そりゃぁもう腰がぬけるほど(笑)「この人、歌うまいよねぇ」 と感心している。そりゃそうよ。当時はどこに行っても聞こえてきたし、日本中が注目した年末の歌謡賞を総なめにした名曲なんだから。曲も素晴らしかったが歌唱力もすごかった。華麗なる衣装や圧倒的存在感。キラキラとした輝きを放っていた。

そう、昭和歌謡はキラキラだった。良くも悪くも大人たちが集まって一つの曲を作りあげていた時代なのだと思う。作詞、作曲、編曲、歌手の衣装(男性歌手の襟幅や女性歌手のスカートの長さまで)、髪型、メイク、歌い方や振り付け、レコードのジャケット、広告、宣伝…。

巨大企業の巨大マネーメイク。そのために多くの人々の思惑が蠢いていた感がある。歌っているご本人の思い通りになったことなど少なかったのではないか、と思う。そんな昭和歌謡を「自分らしく生きる」ことをモットーとするZ世代が愛してやまないことは何かしらの皮肉を感じずにはいられない。大人の思惑にふりまわされ、大きな渦にまかれて自分と乖離していかざるをえなかった人たち。自分がのぞむ小さな幸せを模索することなど許されなかった。でもその渦に身を投じなければ神に与えられた才能を発揮することもできない。そんな影があるからこそ昭和歌謡は異様な輝きを放ったのかもしれない。

異彩を放つ才能はなくとも、毎日を一生懸命いきて好きなモノを食べてささやかに笑って暮らせる幸せ。娘のプレイリストから流れる「異邦人」「飾りじゃ無いのよ涙は」「TOKIO」…。昭和にキラキラと輝いた曲たちを聴きながらのドライブ旅はちょっと感慨深く、心楽しいものになった。

 

アップデイト

ほら、ママ!顔のむくみがとれるマッサージするよ!!

 

深夜近く。そろそろ寝ようか、読書でもしようか…と思っているところへ娘からのお誘い。明日は家族で写真撮影の予定なので少しでも「それなりに」の仕上がりになるためのささやかな努力である。面倒といえば面倒だけど、娘からのお誘いは断らないことにしている。2人で動画を見ながら顔やら首やらをせっせとマッサージ。最近は引力に負け垂れ下がり気味の瞼に喝を入れるとすかさず娘から「あっ、ママ目が開いたよ。明日の朝もやった方が良いよ!」とありがたいアドバイス。自分の目のひらき具合より娘たちの体調や笑顔が気になって色々お世話したくなってしまうけど、彼女達はすっかり成長してしまった。何かにつけて要領悪くもたつく私を心配したりさりげなく気遣ったりしてくれる。「ふーん。大人になったなぁ」「なかなかやるじゃん」と感心することも増えていて素直に嬉しい。嬉しいはずなんだけど、何だか少しモヤモヤする。

 

娘が生まれたとき、外資系化粧品会社で頑張っていた私。家族の理解と協力もあり2人の娘に恵まれながらキャリアを継続することを選んだ。育児と仕事。そりゃ大変で通勤時はいつも駆け足。「早く仕事に行かなくちゃ」と「早く子どもに会いたい!帰らなきゃ!!」の行ったり来たり。良い母親とはいかなかったかもしれないけど、いつも全力で頑張ることで背中を見せてきたつもり。

 

それが… 成長した娘たちは何だか私を年寄り扱い。なんかモヤモヤするんだよなぁ。仲良くしてくれて、一緒に色々なことできて、そりゃ贅沢だよ、ともう1人の私が言う。何を求めてるんだろ、私は。娘にほめられたい?感謝されたい?

 

いやいや、そうではないのよ。ただただ人として、女として、お互い認め合い尊重しあえる、そんな関係でいたいだけ。どんな時も分かち合い情報交換できて少しでも役に立てる、そんな存在でいたいだけ。

 

ってことは… 変わらなきゃいけないのは自分なんだってことに気づく。見た目も、それ以上に中身も。娘たちに恥ずかしくない自分でいられるようアッフデイトが大事なんだなぁ。時代はどんどん流れている。様々な技術が進化して年齢なんて気にする必要すらない。マッサージ、筋トレ、ストレッチ。仕事に読書に音楽鑑賞。お友達とのお出かけやお料理。情報はあふれるだけでなく収集方法もドンドン多様化してます。アップデイト、アップデイト、アップデイト。呪文のように唱えて新しさを受け入れ楽しまなくては。まだまだ忙しいですよー!

プロローグ

「女に教育はいらない!」
幼い頃は父はよくそう言っていました

優秀な妹をもっていた父

素晴らしく勉強ができる妹という女性と比べられることが嫌で仕方なったのでしょうね。

私はといえば… 特段 勉強が好きだったわけでもなく
父の言葉に若干の違和感はあったものの深く考えもせず
「大きくなったら母のような良いお母さんになろう」
なんて思っていました

 

子どもが自らアクセスできる情報といえば
テレビや時おり垣間見る大人の雑誌くらいなもの
今とは全く違う、ある意味 夢のような時代でした

 

そんな私の今、、、
留学、父の倒産、外資系企業、結婚
パートナーの両親と同居、子育て
キャリア喪失、中小企業を転々
英語講師・・・・。
色々な経験をしてささやかな自営のお仕事にたどりつきました

 

家族のしがらみや既成概念にしばられ
自分が大嫌いだった時代もあったけど

 

生きるって楽しい
年をとるのも悪くない
そんなふうに思える日々にようやく巡り合うことができました

 

幸せに生きる
それは誰にでもできること
そんなことを伝えたい

 

ここでも又
少しずつ、時を重ねていければと思っています